親父山・障子岳
- 森の巨人達 -

 

2007年1月14日

photo : T.Maehara

T君のHP


 今年は暖冬らしい。
北海道も雪がなくてスキー場が困っているのだとか。
とはいえ、そろそろ冷え込んできたし、今日あたりは冷えるのでは?と、
霧氷を期待して祖母の障子岳へと行くことにした。

四季見原の登山口は私達が通るいつもの道は、問題なく通ることが出来、
しかも倒木によって塞がれた入り口も倒木が撤去されていた。

 
  
何度か沢を渡るうち、僕らの足が止まる。友人は初めから三脚は手持ちだ。
私もザックを下ろして撮影の準備にはいる。

この冬初めての雪渓風景だ。

ただ何処をどういうふうに切り取るのか、
考えると意外と難しい。
何を見せたいの?と自問するが、
ただ南国の人間には川が凍るというだけで珍しいのだ。

倒木が水に沈んでその名残をとどめようとする枝振りに反応した。


渓谷を渡り終えると急坂が待ち受ける。
年末年始を自堕落に過ごした体が、悲鳴を上げる。汗だくだ。

やっと傾斜が緩むと黒岳からの稜線が見え始める。
なんてこったい!霧氷がないじゃないか!

私達はかなりがっかりしたのだった。
ますます足取りが重く、傾斜が足につらい。

祖母の山々は国道からの取っつきが不便なためか、
スギなどの植林から免れたのだろう。

そういうわけか知らないけれど、
山裾には自然林が広がっていて、巨木が多い深い森となっている。

すっかり葉を落とした森の巨人達の姿が、今日は良く見晴らせることに気づいた。
今日は霧氷はダメだったが、森の巨人達のポートレイトを撮っていこうと思った。

これは無残にも枝が引きちぎられてしまっている。
痛々しい姿に心が痛むよ。


今日は体が重かった。鈍っていたこともあるし、雪道が足の疲れを多くしたようだ。

親父山山頂。
いつもならここは通過点なのだが、
今日は、ザックを下ろして大休憩となった。

ここは、米軍B29墜落地点。
1995年に日米の遺族を招いて平和記念の式典が開かれたのだという。
平成17年11月3日建立された。

前回ここを通ったのは昨年の4月30日。気がつかなかった。

ホントにあったのかなぁ。

祖母山方面の眺めのいい展望所。

今日は雪景色と祖母山の風景。手前の木々も
この山ならではの雰囲気である。

枝をくねらせて立ち並ぶ姿は異様だ。

この縦走路を通るたびに気になる木

幹に寄り添ってパチリ


障子岳山頂(1703m)

霧氷がなくて残念ではあったが、
今日も冬らしい澄んだ空気で遠くまで良く見晴らせる。

祖母山の向こうにはくじゅう連山

南の方を見ると、遙か向こうに尾鈴山の姿。

東には傾山

祖母・傾縦走路の途中にある
ここ障子岳から古祖母山へと連なる尾根尾根。

遙か向こうに抜きでた高峯、市房山。

そして右向こうには霧島の韓国岳の姿。
左奥は高千穂峰か?

薄雲に霞んで青白く輝く山々。
こうしたキリリとした景色を見ると山は良いなぁと思うのだ。

眼下の雪景色

西の方を眺めると、見慣れない姿の阿蘇五岳。

尾平側 
古祖母山の裾に広がる自然林の森。

そしてその向こうには傾山の険しくそびえ立つ姿。

そういえば傾山にもこのところ行っていないなぁ。

縦走路を俯瞰する構図で最後の1枚を撮って下山する。


再びイチイの木の場所へ

裏側は大きなウロになっている。
木というのは何ともすごい生命力だ。

ウロの中から上を向いて撮った1枚。


登るときに気づいていたが、凄い根?を張った木に足が止まった。
「おもしろい」はシャッターチャンスとばかりに撮ってみる。
どうも今一つ決まらない。

今日は森の巨人達の姿を撮るのだと思いだす。
何やら喧嘩しているような、争っているような雰囲気の木。

モミだか、ツガだか見分けはつかないけれど、
たくさんの大きな木に覆われた登山道をひたすら下って下りる。

登るときはあれほど喘いだけれど、帰りは早い。


温かい日差しが降り注ぐ沢。
氷も融けてきている。

造形美
どうしたらこのような氷が張るのだろう。

E−330の得意技。
水面すれすれにおいて、ライブビューでパチリ。

これも同じ手法で。


結局、霧氷はお預けとなった。


暖冬という今年の冬、果たして綺麗な霧氷を見ることができるのだろか?

 


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